2008年11月19日

山田孝雄・山田みづえ親子句碑・添碑説明文

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山田孝雄博士(明治八年〜昭和三十三年)は、富山市に生まれ、
独学で国語学を修め、大正十四年東北帝国大学法文学部に着任、
昭和二年教授となった。山田文法を確立、国文学・国史学・書誌学・
連歌研究など幅広い分野で独創的な研究成果を上げ、文化勲章を受章した。
『日本文法學概論』ほか多数の著作がある。阿部次郎・小宮豊隆・
太田正雄(木下杢太郎)らと深く交遊し、『芭蕉俳諧研究』
『連歌青葉集』などを刊行。退官後離仙していたが昭和二十四年
阿部の招きで再び来仙、本記念館の前身、阿部日本文化研究所の顧問となる。
阿部の好意でこの敷地内に居起し、昭和三十三年十一月永眠した。

山田みづえ(大正十五年〜)は孝雄の次女。仙台市に生まれ、
昭和三十二年から石田波郷に指事、角川俳句賞、俳人協会賞などを受賞、
昭和五十四年俳誌「木語」を創刊・主宰する。句集に『木語』『昧爽』
ほかがある。

孝雄の「連ね歌の花咲きにけり道の奥」は、昭和九年四月の連歌の発句
(『連歌青葉集』所収)、みづえの「風花す父のやさしさ極まれば」は、
昭和三十二年十一月、文化勲章受章直後の父から贈られた小包に謝し
献じた句である(『忘』所収)。

山田孝雄と阿部次郎の長年の友情と相互の学問的尊敬を讃え、
みづえの第一句集『忘』の中心をなす父娘の情愛・父との永別を
詠んだ一連の秀句群がここで生まれたことを記念し、句碑を建立する。

  平成十三年十月  山田孝雄・みづえの句碑を建立する会
                    代表 大平千枝子


            発起人
                佐々木美知子・大平千枝子
                木語俳句会・仙台木語の会
                東北大学文学部同窓会
posted by 青田三太郎 at 00:00| 宮城 ☁| 「阿部日本文化研究所」と「阿部次郎記念館」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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